パーキンソン病/症候群の闘病記です。 同病の方々のご参考になれば幸いです。

idやURLのPSPとはパーキンソン症候群の中の進行性核上性麻痺、PAGFとはPSPの非典型例である純粋無動症の事です。

新パソコンで、遊ぶ(に、遊ばれる)(5)

 

さて、新パソコン(Surface Pro7)のセットアップも大分進み、WordやExcelは勿論の事、One Driveも使える様になった。 後は、回復ドライブの作成である。

 

昔は、「リカバリーディスク」と言うのが、パソコンに付属していた。 ある時から、自分で作成するようになり、Windows 8辺りから、USBメモリーを使う様になった。 きっと、容量の問題だろう。 と言うのは、肥大化する一方のOSに、DVDの4.7Gでは不足してしまっている。 実際、新パソコン(Pro7)では、9.22Gもある! ま、容量だけならDVD2枚で足りるが、ファイルサイズによっては、ファイル読み込み中にディスクを交換しなければ、ならない・・

 

少し話題が逸れたが、今回は、Pro7用の回復ドライブを16GのUSBメモリーに作成した。 そこで、まだ回復ドライブを作成していないPro3で、素晴らしい事を思い付いた! それは、Pro7用の回復ドライブで、(調子の悪い)Pro3を「修復セットアップ」する事である! これなら、データもデバイスドライバーもそのままだ!!!

 

で、早速、回復ドライブであるUSBメモリーをPro3に挿して、マシンを何度かリブートして寝た。 すると、翌朝、ブルーの画面になっているでははいか!?! そう、回復ドライブから、ブートしたのである!!! 画面には、ブルーの背景に白い文字で、作業の選択肢が現れるので、「修復」をタップした。 すると、画面は「英語か日本語か」の選択肢が白い文字で書かれているものに変わった。

 

早速、画面から日本語の方をタップすると、今度はキーボード・レイアウトの選択肢になるが、アルファベティカルに多数並んでいる。 「日本語」は、随分と下の方だ。 そして、日本語をタップすると・・

 

リブートしてしまった。 画面には中央に「Surface」のロゴが表示されたままなのである。 勿論、時間を置いても前には進まない・・ つまり、失敗なのであった。 結構イイ、アイデアだと思

ったけどなぁ・・

 

   ―――――――――――――――

 

矢張り、回復ドライブはUSBメモリーで作るしかなさそうだ。 そこで、その昔に使ったRemixのOSをいれたデバイスを出して来た。 確か、16Gはあったハズだ。

 

そこで、プロパティーを見ると、7割程が「空き領域」だ。 使用可能な領域は、3割程度で、112Mである。 これでは、全体が16Gには届きそうもないが、取り敢えずformatしてみよう。

 

それには、「スタート」ボタンを右クリックして、「ファイルを指定して実行」をクリックします。 すると、ちいさなBoxが開いて、実行したプログラム名を入力するか、「参照」ボタンで探せば良い。 私の場合は、プログラム名は分っているので、

 

   「format e:」

 

として、「OK」ボタンをクリックした。  尚、パラメータの「e:」は、USBメモリーのあるドライブであり、デフォルトドライブである「c:」をformatしないためのオマジナイである。 

 

こうして意気揚々と、「OK」ボタンをおした。 すると・・

 

一瞬、画面に白い線が現れて消えたのみだった。 そこで、私は

 

   「(ハハーン、パラメータを受け付けないんだな!)」

 

と思い、パラメータ無しで試したが、結果は同じだった。

 

   「(もう、こうなったら、DOS boxでやるしかない・・)」

 

と思って、

 

   「Command」

 

と入力し、「OK」ボタンを押した。 すると、DOS Boxが開いて、システムプロンプトが現れ・・るハズだったが、現実は、一瞬、画面に白い枠が光ったのみだった。

 

そして、c:内を検索したが、Cmmmand.com もCommand.exeもなかった。

 

   「「こりゃ、一から勉強し直さないとだめだな・・」」

 

と思った。 トホホ・・

 

ま、文書にするとこれだけだが、実際には、他にも色々あって、2日程掛かっている。

 

 

リハビリ536 ― 8月のリハビリ

 

では、2020年8月のリハビリについて記そう。 先ずは、週の前半であるが、毎回、担当の理学療法士が変わる。 第一週の担当がS士である事は、既述した。

 

   https://psp-pagf.hatenablog.jp/entry/2020/08/11/170709 の中央付近に、「8月も含めると、(S士が)またしても(?)連続3回となる。」の記述がある。

 

そして、第二週がT士、第三週・第四週が再びS士である。 これで。9月の第一週がS士だったら、3週連続は、3度目となる。

 

まぁ、介護保険によるリハビリは、こうやって担当が変わるが、健康保険によるリハビリは、変わらない様だ。 と言うのは、同じ担当が患者に、

 

   「次回のリハビリは、いつにしますか?」

 

と訊いているからである。 ま、どちらが良いのか、一長一短であろうか?

 

   ――――――――――――――

 

もっとも、私の場合は、週の後半はK士で、固定的である。 固定のせいか、良く私の病気の事、および、そのリハビリについて良く調べている。 例えば、2回目のリハビリの時に、こんな事をいった。

 

   「(私と)同じ病気の人のリハビリの例が、載っていましたよぉ・・」

と。 それによると、

 

`   「それは、大きく、ユックリと歩く事なんです」

 

と言う事らしい。 実際、大きく、ユックリ歩くと、パーキンソン病(症候群)に特徴的なチョコチョコ歩きから脱せた様な気がして来た。 ま、杖が必要ではあるが・・

 

   ―――――――――――――

 

そして、体幹強化のためのストレッチとして、前回の仰向け状態でのバンザイに加えて、両脚を揃えて左右に倒すものやった。 ただ、息を吸うタイミングや吐くタイミングと、動作との同期については、減給がなかった。

 

また、やってしまった。(2)  

 

本稿は、前稿の続きである。 前稿のURLは、次の通り。

 

   

https://psp-pagf.hatenablog.jp/entry/2020/09/11/101611

 

さて、前回、風呂上りに、歩行器を持ったまま前に転倒し、左側額の上部にこぶを作ってしまった事、及び、そのこぶの頂点から僅かに出血し、その傷の処置をした所まで報告した。

 

これで、一件落着かと思われた。 と言うのも、こぶは翌日から目立たなくなり、傷も薄皮を剝がすように日に日に良くなって行き、もう、3日目からは、バンドエイドは不要となったからである。

 

   ――――――――――――――

 

所が、5日目に、妻が私の顔を見て、

 

   「どうしたの? 目の上??? アイシャドウを塗った様になっているよ!?!」

 

と言うのである・・  私は、

 

   「(まさか・・)」

 

と思いながらも、手鏡を見た。 すると、本当に左目の瞼(まぶた)に沿って、暗い紫色になっているではないか!?! これはきっと、こぶの中の血液が下りて来たに違いない・・と思われた。 さあ、困った・・ 困ったからと言って、特別打つ手もない・・ まぁ、ほおって置くしかないだろう。

 

すると、翌日には、今度はその紫色が目頭まで下りて来たのである。 今度は、もっと濃く、くっきりと・・ 

 

まるで、パンダである。 と言うか、目にパンチを受けた様である。 これじゃあ、人前に出られない・・ しかし、リハビリの日は、やって来る・・ 

 

   「(そうだ! サングラスをすれば、分からない!!!)」

とは思ったが、サングラスをしている方が、目立つ・・ と思い、そのままリハビリに行った。 すると、担当の理学療法士が、

 

   「ここ、どうしたんですか?」

 

と訊いた。 私は、転倒した事、その結果こぶができた事、更にその

 

   「こぶの中の血液が。下りて来たんです」

 

と説明した。 まぁ、それで彼が納得したかどうかは分からない。 しかし、それ以上のツッコミは無かった。

 

しかし、問題はこの血液が。目の下まで回って来るか否か・・である。 そうしたら、翌日にはそれ以上、下がらなかった。 更にその翌日には、瞼の一部の色が淡くなっているではないか! そう、血液が周辺の組織に吸収され始めたのである!!!

 

その後、どんどん色は日ごとに薄くなってはいったが、ほぼ分からなくなるまで、一週間を要した。

 

また、やってしまった。(1)

8月に入って、早々に転んでしまった。 先ずは、その時の状況から・・

 

私は、風呂から上がり、脱衣場からリビングルームへ向かった。 勿論、早く(エアコンの効いた)涼しいリビングルームに行きたい・・と思った訳でもなかった。 しかし、扉を開け、冷気が足元を流れて行くのを感じると、流石に早く占めないと・・と思ってしまったのかも知れない・・ と言う訳で、少なくとも潜在意識では焦っていたのだろう。 焦る気持ちが行動に現れ、つい急いでしまった。 ・・ものと思われた。

 

続いt、店頭の結果

・・ 意識(無意識)がそちらの方は向くと、つい他の方が疎かになる。 具体的には、床にある見切り縁への意識が疎かになってしまった。 そのため、歩行器の足が、見切り縁に当たってしまった。 後は、映画のスローモーションを見る様に、前方にこけてしまった。

 

では、手は? 律儀に(笑)歩行器を持ったままだ。 そのため、頭部が下がり、頭を(フローリングの)床に当たってしまった。 それでも、前回、右の額を怪我したので、今回は、「左側」で、受けた。 その結果、左側の額上部が床に当たってしまった。 まぁ、当たったけど、この様な場面は過去にもあったので、怪我が浅くなる様。手に力を入れた。 すると、確かに床に当たる圧力が、減少した (と思われた)。 私は、

 

   「(やったー、打撲だけで済んだぞー)」

 

と思って頭を上げると・・ 血が一滴、垂れた。 それを見て、私は、

 

   「(あぁ、ヤッパ、やってしまったかぁ・・)」

 

と思い直し、傷を鏡で見た。 すると・・

こぶが出来ていた。 大きさは、 15mm×20mm程で厚みが6mm位であろうか? そして、その中央に小さな傷があった。 どうやら、ここが出血部位らしい・・

 

そこで、いつも通りマキロンで消毒し、ゲンタシン軟膏を塗って、バンドエイドを貼った。

 

こんにて、一件落着・・と思われた。

 

 

古代蓮

 

貴方(貴女)は、「古代蓮」と言う植物をご存じだろうか? ご存じない方は、下記をご覧下さい。

 

   https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E8%93%AE%E3%81%AE%E9%87%8C

 

私が聞いたのは、「約2000年前の地層から、蓮の種が見つかった。 種の一部は炭化していたが、胚は無事だったので、大事に育てたら、チャンと蓮が育ち、花まで咲いた。 そこで、『古代蓮』と呼ばれる様になった。 この蓮の発見、並びに生育に貢献した大賀博士に因んで『大賀ハス』と呼ぶ人もいる」・・と。

 

しかし、Wikipedia や、パンフレットのどこにも、そんな事は書いてなかった。 それに、後半の話しでは、完全に混同している。

 

   https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E8%B3%80%E3%83%8F%E3%82%B9

 

ま、古代蓮の由来の話しはこれぐらいにして、旅行記でも・・

 

   ―――――――――――――――

 

7月26日(日)に「古代蓮の里」である、埼玉県の北東部にある、行田市に一家4人で出掛けた。 丁度、子供達が帰省していたので、メンバーは、私・妻・長男・長女である。 

しかし、蓮は朝早く咲く・・と言う。 そこで、朝5時に起きて、長女の運転で出掛けた。 が、長女にとっては初めての道なので、カーナビが頼りだ。


駐車場に着くと、係員が寄って来たが、私の障碍者手帳を見せると、停めやすい所を案内してくれた。 その後、妻と長女が、車椅子をどこからか借りて来て、準備完了、いざ出発となった。

 

駐車場から少し上がると、もう、蓮が目に入る。 色々な種類の蓮が世界各地から集められていた。

 

   https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/P/PSP-PAGF/20200908/20200908180825.jpg

 

それぞれが、6畳から12畳くらいの区画に分けて植えてあり、例えば、白い八重の蓮の花が咲いていた。 更には、遊歩道が蓮の間に張りめぐらされ、蓮に囲まれた時間を楽しむ様に出来ていた。

 

では、肝心の」古代蓮は?  そこから一段低い、沼地にあった。

 

   https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/P/PSP-PAGF/20200908/20200908180821.jpg

 

こちらの遊歩道はっ広く、車椅子も楽々通れる。

 

え? どんな花か??? ・・ですって!?! では、パンフレットから・・

 

   https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/P/PSP-PAGF/20200908/20200908180827.jpg

 

直径30cm位の大輪である。

 

ただ、残念だったのは。花期も終わりに近かったためか、満開・・と言う訳には行かなかった事であろう。 と言うのは、咲いている時期に行われるイベントが、今年は8月2日までだそうで、あと一週間しかなかったそうである。

 

そんな花を見みていると、その昔、長女を連れて、ここに来た時に、長女が、

 

   「あっ、お花の真ん中に、とうもろこしがある!」

 

と言ったのを、妻と思い出した。 長女が、まだ、幼稚園生のなので、もう四半世紀も前の事である、

 

 

新パソコンで、遊ぶ(に、遊ばれる)(4)  

 

て、Pro7のセットアップは続いた。 例えば、私が愛用する画像関係の無料ソフトである「Irfan View」である。 このソフトは、無料でありながら、非常に軽く、色んなフォーマットに対応しているだけでなく、さらに多様なフォーマットに簡単に対応出来るのである。 それは、Viewerのあるサブディレクトリーの「Plugins」に。その.dllを置くだけでよい。 そして、何より良いのは、どこのディレクトリーに置いても良い事である。 つまり、インストールが不要で、その中の.exeファイルをダブルクリックすれば、オーケーだった。

 

そこで、インターネットからダウンロードして「Viewer」の赤いアイコンをダブルクリックしても動かない・・ 良く見ると、64と32ビット版用のインストーラーがある!?! そうか、どこのディレクトリーに置いても良かったのは、過去の話しかぁ・・と思いながら、64ビット用のインストーラーを起動すると・・ インターネットイクプローラであるエッジから警告が出てしまった。 きっと、インターネットからダウンロードしたソフトをインストールする事が、未知の危険を孕んでいるからだろう・・と思われた。

 

まぁ、警告が出てしまったものの、赤い見慣れたショートカット・アイコンがデスクトップ上に作成されてる!!! そこで、このショートカットをダブルクリックすると、見事に起動し ・・しない!?! 

 

残る手立ては、昔のマシンから、「Irfan View」をディレクトリーごとUSBメモリーで移す事である。 そこで、実行したら、チャンと動くと思ったが、動かない!?! 

 

万策ここに来て尽き、夜も遅いので寝る事とした。 翌朝、64ビット版のインストールされているディレクトリーを探し出して、いつもの赤いアイコンをダブルクリックすると・・ オオ、動くではないか!!! そこで前日、動かなかったアイコンでも、同様に動くではないか!!! 

 

   「あぁ、良かった!」

 

と安堵すると同時に、

 

   「じゃあ、一体、昨日の動作は、何だったのか???」

 

と、怒りを通り越して、不思議でならない。 ・・と、言うか、完全にパソコンに、レアそば

 

   ――――――――――――

 

新しいパソコンを買ったら、回復ディスクを作っておいた方が良い。 そこで、DVD R/Wを買った。 もう、5枚組は無く、10枚組のみであった。 まぁ、それでも1200円だった。 そこで、回復ディスクを作ろうとしたら・・ 16GのUSBメモリーを入れよ・・と言うではないか!?! そう、DVDの4.7Gでは、不足なのである。 

 

   「(うん、確か、16Gのは、持っていたなぁ・・)」

 

と思い、ラックを探すと、確かにあった。 しかし、その昔、Linuxをインストールしたものだった。 どう言う事かと言うと、そのほとんどが、Linux用のフォーマット(ext3)になっていて、windowsDOS)から見えるのは、ごく僅かである。 そこで、Linux用のフォーマッターである「ETCHER」がインストールしてあったので、これを呼び出した。 しかし、余りにも昔の事なので。使い方を忘れている・・(汗) そこで、ヘルプを見ようと、(?)マークをクリックするも、反応が無い。 そこで、Googleセンセイに問うと、

 

   「ext3NTFSに変換する」

 

と言うので、これを参照しようとした。 しかし、マウスをクリックしても、反応が無い!?! そう、このマシンのマウスは調子悪かったのだ。 じゃあ、別のマシンでやったら??? そのためには、共用のマウスとキーボードをハブごと移動しなければならないが、もう、そんな元気は無い・・ だったら、未使用のものを買ったら??? しかし、こんな夜中に開いている店も無い・・

 

こぅして、晩夏の夜はしんしんと更けてゆくのであった。

 

新パソコンで、遊ぶ(に、遊ばれる)(4)

 

で、SurfacePro7のセットアップは続いた。 例えば、私が愛用する画像関係の無料ソフトである「Irfan View」である。 このソフトは、無料でありながら、非常に軽く、色んなフォーマットに対応しているだけでなく、さらに多様なフォーマットに簡単に対応出来るのである。 それは、Viewerのあるサブディレクトリーの「PlugIns」に、その.dllを置くだけでよい。 そして、何より良いのは、どこのディレクトリーに置いても良い事である。 つまり、インストールが不要で、その中の.exeファイル(又は、そのショートカット)をダブルクリックすれば、オーケーだった。 勿論、日本語に対応している。 

 

そこで、インターネットからダウンロードして「Viewer」の赤いアイコンをダブルクリックしても動かない・・ 良く見ると、64と32ビット版用のインストーラーがある!?!     

      「(そうか、どこのディレクトリーに置いても良かったのは、過去の話しかぁ・・)」と、チョッピリ寂しく思いながら、64ビット用のインストーラーを起動すると・・ インターネットイクプローラであるエッジから警告が出てしまった。 きっと、インターネットからダウンロードしたソフトをインストールする事が、未知の危険を孕んでいるからだろう・・と思われた。

 

まぁ、警告が出てしまったものの、赤い見慣れたショートカット・アイコンがデスクトップ上に作成されてる!!! そこで、このショートカットをダブルクリックすると、見事に起動し ・・しない!?! 

 

残る手立ては、昔のマシンから、「Irfan View」をディレクトリーごとUSBメモリーで移す事である。 そこで、実行したら、チャンと動くと思ったが、動かない!?! 

 

万策ここに来て尽き、夜も遅いので寝る事とした。 翌朝、64ビット版のインストールされているディレクトリーを探し出して、いつもの赤いアイコンをダブルクリックすると・・ オオ、動くではないか!!! そこで前日、動かなかったアイコンでも、同様に動くではないか!!! 

 

   「あぁ、良かった!」

 

と安堵すると同時に、

 

   「(じゃあ、一体、昨日の動作は、何だったのか???)」

 

と、怒りを通り越して、不思議でならない。 ・・と、言うか、完全にパソコンに遊ばれている。

 

   ――――――――――――

 

新しいパソコンを買ったら、回復ディスクを作っておいた方が良い。 そこで、DVD R/Wを買った。 もう、5枚組は無く、10枚組のみであった。 まぁ、それでも1200円だった。 そこで、回復ディスクを作ろうとしたら・・ 16GのUSBメモリーを入れよ・・と言うではないか!?! そう、DVDの容量(4.7G)では、不足なのである。 

 

   「(うん、確か、16GのUSBメモリーは、持っていたなぁ・・)」

 

と思い、ラックを探すと、確かにあった。 しかし、その昔、Linuxをインストールしたものだった。 どう言う事かと言うと、そのほとんどが、Linux用のフォーマット(ext3)になっていて、windowsDOS)から見えるのは、ごく僅かである。 そこで、Linux用のフォーマッターである「ETCHER」がインストールしてあったので、これを呼び出した。 しかし、余りにも昔の事なので。使い方を忘れている・・(汗) そこで、ヘルプを見ようと、(?)マークをクリックするも、反応が無い。 そこで、Googleセンセイに問うと、

 

   「ext3NTFSに変換する」

 

と言うので、これを参照しようとした。 しかし、マウスをクリックしても、反応が無い!?! そう、このマシンのマウスは調子悪かったのだ。 じゃあ、別のマシンでやったら??? そのためには、共用のマウスとキーボードをハブごと移動しなければならないが、もう、そんな元気は無い・・ だったら、未使用のものを買ったら??? しかし、こんな夜中に開いている店も無い・・

 

こぅして、晩夏の夜はしんしんと更けてゆくのであった。