気功―44
2017年6月下旬の今日は、気功の施術の予約日だ。 ほぼ2ヶ月振りとなる。 そこで妻の運転で出掛けた。 道路は比較的空いていて、予約時刻の20分程、早く到着してしまった。 そこで、近隣の商業施設の駐車場で、10分程待った。 それから指定の駐車場入れ、私のユックリした降車時間を入れると、約5分前にインターフォンを押す事になる。 私は、予約時刻=インターフォンを押す時刻だと思っているが、妻はそれが待てないらしい。
こうして、少し早いとは思いつつ、気功師宅へと歩いて行く。 途中、気功師が玄関の扉を開けて私の歩容を音でチェックしているので、意識して上手く歩こうと努めるものの、意識しただけで上手く歩けるなら苦労は無い。
何とか気功師宅に着き、靴を脱いでいつもの施術室に入り、挨拶後枕にタオルを敷いてうつ伏せの状態で準備完了・・となると、丁度、予約時刻となる。 妻がいつも5分前にインターフォンを押すのは、こう言う事らしい。 少しでも長く私に気功の施術を受けさせたい・・と思っての事なのだろうか?
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さて、気功の施術が始まったのは良いが、途中、イビキをかいて寝入っていたらしい。 且つ、その間、私の脚がピクッ・ピクッと持ち上がっていたらしい。
勿論、自分では、入眠の意識は無いが、フと気が付くと「たった今まで、どうも寝ていたのかも知れない」と言うのは、分かるのである、 それは、覚醒後の爽やかさによる。
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その後、仰向けになって施術を受け、終わった時を見ると、1時間と15分が経過していた。 今回は、いつもより15分も長い。 何か問題があったのだろうか?
施術後のコメントでは、幾つかのポイントがあった。
先ずは、歩き方である。 気功師は目の高さで左手の平を水平に保ち、その上に角度を付けて右手の平を置いた。 そして、次の様に説明した。
「歩く時、最後に(後ろ足で)こうやって蹴るの。 この蹴る力が弱いと、足を摺っちゃうの」
と言いながら、右手を左手の平の上で角度を大きくして弾力を付けて押した。 左手の平が床の、そして右手の平が足のメタファーになっていたのだった。 つまり、私の歩き方が「摺り足」になっていたのだろう。
続いて、嚥下の問題である。 そう言えばこの所、飲み物を戴く時に咽(むせ)る事があった。 否、自分の唾液にすら咽る事すらある。 これに対して気功師は、
「ホラ、教えたでしょ? 舌をだす練習を・・ チャンと毎日、やってる???」
と訊くので、妻が
「最初の頃はやってましたが、この頃は・・」
とチャチャを入れた。 そして、私が舌を出してみせると、気功師は
「もっと、もっと!」
とアジった。
座りながらの脚上げも、「お休み」してしまっているのを洞察した彼女は
「一日5分でイイの。 その5分の積み重ねが大事なの! これもチャンとやらないと、ここ(気功師宅)にも来られなくなっちゃうわよ!!!」
と、またしても、お叱りを頂戴してしまった。(><);
最後に、彼女の誤解を紹介しよう。 話の途中、彼女は私の容姿を見て、
「また太っちゃったわね? 折角前回、3kg程減ったのに・・」
と評した。 私はその晩、風呂上がりに体重計に乗ったら、0.7kgは減っていたのであった。
リハビリ379―「ゆっくり、大きく」
2017年6月中旬に、もう一度リハビリがあった。 担当は、I士である。 彼は、この所の体調不良の原因が処方の変更である事を知っている。 というのは、前回のリハビリ時のM医師による予診の際に、伝えたからである。
彼は、リハビリ室に歩いて行く途中、私に訊いた。
「どうして、アレ、止めちゃったんですかねぇ・・」
「ノウリアストですか?」
と私が、逆質問した。 まぁ、それしかない。 でも、改めて「なぜ?」と訊かれても、「それが、医師の考えだったから」としか、答えようが無い。
ここからは、私の推測であるが、きっと前任者や前々任者が決めた処方は弄(いじ)り難いが、自分が決めた処方なら弄り易いのかも知れない。 その様な意味では、脳神経内科医は処方の変更に関しては、極めて保守的である。
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さて、今日のリハビリであるが、私にとって受動的なものが多かった。 きっと能動的に行う訓練だと、本人も大変だし、リスクもあるのだろう。 例えば、今日の新技である首の筋肉のマッサージ。
I士は、台に仰向けに寝た私に、もう少しせり上がる様指示した。 台の縁のギリギリまで移動した私の頭の下からタオルを当て、首を伸ばしたり、左右に傾けたりした。 これが結構、気持ちイイのである。 首の筋肉って、常に上から頭を支えているので、普段から伸びる事はないので、新鮮な感覚だ。
そして、足の浮腫みにつては、以前より軽くなっている・・と言う。 まぁ、季節的要因もあるのだろう。 しかし、歩行訓練の不足は明らかだ。
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そして最後は、歩行練習だ。 I士は私の歩行に合わせて、キューを出してくれた。 それは、
「ゆっくり、大きく・・」
である。 なぜ「ゆっくり」かと言うと、姿勢保持障害により後ろに残した足に体重を保持する事が難しく、つい前に出した足を早めに着いてしまうのを防ぐためである。 つまり、「ゆっくり」と「大きく」とは、本質的には同じ意味(の指示)だ。
こうして杖を使いながらも格好良く歩いて、リハビリ室を出た。
歯科医院に、2往復
前回の歯科定期検診から3ヶ月が経過した。
http://psp-pagf.hatenablog.jp/entry/2017/04/28/071402
しかし、2017年6月上旬は健康保険証が無かったので、中旬に「歯のお掃除」にいつもの歯科医院に行った。 先ずは電話予約である。 朝、架電すると、
「今日の午後2時が空いてますよ」
と言うので、お願いした。 まぁ、当日の午後一番の予約が朝取れるとは・・
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前回の教訓もあったので、午後1時頃から、歯の掃除に取り掛かった。 先ず、水で3~4回強く漱いだ。 続いて、スケーラーを用いて手鏡で見える範囲の歯石を自分で取った。 更に、デンタルフロスで歯間のプラークを取り除いて、最後に歯磨きをして完了だ。
そこで、丁度空になった「エピオスウォーター」の容器を持って、自分の運転で時間に余裕を持って出掛けた。 すると、10分前に着いた。 そして、扉を開け、受付の台の上を見て漸く気付いた。 国民健康保険証(以下、保険証)を忘れたのだ!?!
保険証が無くては受診できない。 そこでA嬢が受付に顔を出すのを待った。 そう、アリバイ作りのためである。
「すいませーん、保険証を忘れたので、(自宅に戻って)取って来まーす」
「あら、(無くても)大丈夫よ」
「いえ、(保険証が)変わったんです」
「じゃあ、(新しい保険証を)見せてもらわないと、ね」
と言う事で、一旦自宅に戻り、今度こそ保険証を持って、再度出掛けた。
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こうして自宅と歯科医院を往復すると、30分チョット掛かった。 つまり2時半には、歯科医院に到着出来たのである。
「(うわぁ、2時半に予約した人とカブってしまったー・・)」
と思ったが、2~3分で呼ばれた!?! どうも待合椅子に座っていた男性は、歯科医を受診する患者らしい。
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こうして30分遅れで始まったが、その内容は従来と同じなので、割愛する。 ただ、最後にデンタルフロスを奥歯の間に通した。
「(前回はフロッシング無しで1000円チョットだったが、フロッシングが入ると
2000円を超えるんだよなー・・)」
と思いつつ請求額を見ると、1700円チョットだった。 つまり、自分でフロッシングしたのは、無駄ではなかった。
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まぁ、朝電話して、午後一番で予約が取れ、30分遅れても大丈夫な歯科医院ってどうなのだろう・・ 昔はもっと患者もいたし、スタッフもいた。 それにその頃は、当日予約なんて出来なかったのに・・
リハビリ378―3週間振りのI士
2017年6月中旬、今日は久々のI士によるリハビリである。 無保険だったので、リハビリそのものは2週間振りであるが、前回は診察日だったのでY士が担当したからである。
さて私の体調は、前回の診察時にノウリアスト錠を止めてから、決して良くない。 その事は、予診時にM医師に伝えた。 きっとI士は施術前に予診の結果を見て来るのだろう、私に声を掛ける時に手を添えてくれた。 そしてリハビリ室へと歩きながら、心配そうに、
「どうですか、体調は?」
と私の顔を覗き込んだ。 私は
「良くないです」
と答えた。 そしてI士は、空いている台を探し、台に腰掛ける様促して質問した。
「今、困っている事はなんですか? ・・とか、立ち上がる時とか・・」
と。 私は思わず、
「立ち上がる時です。 後、動作緩慢・・とか」
と答えた。 すると彼はリハビリの途中に、立ち上がる練習を組んでくれた。 内容は以前やったものである。
http://psp-pagf.hatenablog.jp/entry/2016/12/04/073749
それは私が台に腰掛け、彼が私の正面で丸椅子に座り、
「さあ、両手を私の肩に乗せてぇ・・」
と言いつつ、彼が後方へ上半身を引くものであった。 すると私の上半身もつられて前傾姿勢になる。 この状態で、背筋を伸ばして立ち上がる・・というものである。 これは、例えば洋式便器から立ち上がる時に、頻用している。
因みに、私はこの立ち上がり方法は、ほぼ習得できている(と思っている)。 それなのになぜ「立ち上がる時です」と答えたのか? それは、「起き上がり」かと思ったからだ。 どこが違うのか? それは、動作開始時の姿勢である。
即ち、「立ち上がり」とは座位からスタートし、「起き上がり」とは仰向けの状態からスタートするものと思っている。
つまり、この所、例えば布団から「起き上がる」のにどうしたら良いのか、分からないのである。 どう言う事かと言うと、夜中に睡眠から醒めてトイレに行こうとする時に、中々起き上がれないのである。 その内強い尿意に教われ、慌てて左手で抑える。
「ここで漏らしては、いけない」
と思えば思う程、緊張により足がすくんで進まないのである。 オマケに体は半眠り状態でつかえるのは右手だけ・・ そんな「危機」が、一晩に2~3回はある。(あった。)
もし、スクッと起き上がれれば、そこまでにはならない・・と思えるのである。
国保に加入する
さて、先に紹介した様に、私と妻が加入していた退職後の協会けんぽの健康保険が、5月末で切れてしまった。 それなら、国民健康保険(以下、国保)に入らなければいけない。 勿論、それは分かっているのだが、問題は保険料(国保では、保険税)だ。 では保険料は、いくらになるかというと、6月早々に加入すると月額6万円以上(最高額)となる。 その理由は、平成27年分の所得が高かったからである。 と言うのは、保険料が「前年の市民税」に依存するからである。
http://psp-pagf.hatenablog.jp/entry/2017/07/10/104305
では、「前年度の市(県)民税」とは? 再掲となるが、2017年(平成29年)6月9日までは、2016年(平成28年)度の内容(=平成27年分)となる。 つまり、(2017年6月10・11日が、土・日曜のため)2017年6月12日以降でないと2017年(平成29年)度(=平成28年分)の税収が反映されない(即ち、平成28年分=前年度の市(県)民税とならない)事になる。
・・と思っていたら、どうもそうではないらしい。 詳細は、上記URLのコメントを参照されたい。 (居候の光さん、有難うございます!)
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そこで6月12日に。先ず市役所の税務課に寄って、私と妻の分の所得税非課税証明書を取った。 (妻の分は、いずれ必要になる。) その後、国民保健課に行き、国保に加入した。 その場でカードサイズの紙の保険証は発行されたが、今までのプラスチック製の保険証と比較して、「ちゃっちい」印象であるのは否めない。 しかし。発行日こそ6月12日であるが、有効日は6月1日からである。 つまり、11日まで10割支払った分は、自己負担分まで払い戻せる・・らしい。
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さて、今日の仕事はまだ半分である。 と言うのは、健康保険証が変更になったら、その旨を保健所に届けなければならないからだ。 そう、「指定難病医療給付」に係る受給者証に、保険組合の名称や被保険者の番号が書いてあるからである。
そこで、妻と私は妻の運転で保健所に行った。 ガラガラの駐車場に車を停め、正面玄関から担当の場所に着くと、中年の女性が出て来た。 用件を伝え、健康保険証の変更届、新保険証、指定難病医療費受給者証を出した。 尚、変更届の用紙は、6月上旬に県より送付されて来た指定難病医療給付の継続申請関係の書類に含まれていた。
手続きそのものは簡単に進んだ。 まぁ、月間の自己負担額の上限や負担割合は変わらないからかも知れない。
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負担割合の変更と言えば、身体障害者2級なので後期高齢者並みの1割負担で済むハズである。 所が、平成28年度分(平成27年分)が掛かって来るらしく、保険料(保険税)が却って上昇してしまう・・と言う。 まぁ、上昇・・と言っても年間1万円程なので、どちらが得か微妙ではあるが、取り敢えず止(や)めた。
と言うのは、ベースとなる所得が、8月1日より平成29年度(平成28年分)ベースとなるからだ。
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全くぅ、カレンダーの年と会計年度との違いがヤヤコシイ。 例えば、「臨時福祉給付金(経済対策分)」。 平成28年1月1日時点で住民票がある市町村にて、平成28年度の課税状況に応じて、15,000円が支給される・・と言う。 しかも、申請受付は、今年の9月までらしい。
スワ、該当か!?! とは思ったが、市の窓口の職員の説明によると、
と言う事で、諦めざるを得なかった。
さて、本来なら次の日記の日付は「2017-07ー20」であり、タイトルは「ホタルの夕べ」
なのであるが、間違って消してしまった。 そこで、下記に再掲した。
ハローワークにて
さて、私は失業保険の失業給付金の受給を、3年間猶予してもらっている。
http://psp-pagf.hatenablog.jp/entry/2015/08/20/071751
2017年6月上旬、そろそろ2年経つので心配になって来た。 しかもその間、身障者の認定を受けた。 そこで私は妻の運転で、妻のサポートを受けながら、ハローワークに出掛けた。 健常者だと遠い駐車場を指示されるのだが、係員に手帳を見せたら建物の直ぐ脇に駐車出来た。
先ずは総合受付で手帳を見せ、失業給付金を受けに来た・・ すると、意味ワカメだったのか、③番窓口で相談せよ・・と仰せつかった。 私は内心、
「(⑤番窓口なのになぁ・・)」
と思いながら、③番に行って書類一式を渡した。 すると、受けた女性職員は、
「求職者カードは、お持ちですか?」
と訊いた。 勿論、初めてなので、持っていない。 その旨を答えると、キーボードからカチャカチャと入力し、モニターのスクロールを目で追っている様だった。 そして、
「⑤番窓口で承りますので、こちらへどうぞ」
と言った。 私は、
「(ほら、結局、⑤番じゃないか!)」
とは思ったが、ま、何も言わずに女性職員の後を付いて行った。 すると彼女は、カウンターの中に入り、別の男性職員に私が準備した書類を透明なフォルダに入れたものを渡し、何か話して番号札を受け取った。 女性職員は私達に番号札を渡しながら、
「この番号で承りますので、少々お待ちください。 ではこれで(私は戻ります)。」
と言い、去って行った。 ⑤番のカウンターを見ると「60分待ち」の掲示がある。 我々は、ただ待つしか無かった。
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本当に一時間程待ったろうか、漸く番号が呼ばれた。 応対したのは、体格の良い女性職員だった。 彼女は私が準備した書類一式を見て、こう言った。
「失業給付を受けるためには、『働けない』じゃだめなの!」
と言い、F医師が書いてくれた「就労可否証明書」の「(4) 就労の可否 ウ 就労できる状態ではない」を指した。 また、「(3) 就労に際しての留意事項及び労働能力の程度」については、空欄でも良い・・と教えてくれた。
私は、延長期間中に働けなくなったので、「就職困難者」としての一時金を申請したかったのであるが、そのキーワード・「就職困難者」が出て来なかった。 そこで私は、「受給期間延長後の手続きにつきまして」と言う若草色のスリップを出して、再度、読んだ。
しかし、そこには「働けるようになった時」と言う項目はあっても、「働けるようになれなかった時」と言う項目がなった。 そこが、いかにも「お役所仕事」っぽい。 そこで私は前者への準備をして来たが、この事が誤解の発端であった。
但し、就職困難者とは、在職中に障害者になった人の事で、猶予期間中になった人は含まれない。 厳密には・・
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続いての指摘は、来所時期だと言う。 その女性職員曰く、
「未だ、来所は早過ぎます。 猶予が来年5月末なので、まぁ、その頃は混むから、今年の秋以降ね」
と。 私が、
「それまでに病状が変わるかも知れないからですか?」
と尋ねると、
「そうです」
と答えた。 今回は、時期早尚だったのであろう。 捲土重来!
公園にてランチ―7
美術館の駐車場の入り口にはゲートがあり、カードを取るとバーが上昇する一般的なものだ。 気になる料金であるが、「2時間まで、無料」とある。 うん、なかなか良心的だ。 そこで私は、入り口に最も近い身障者用駐車場に停めた。
さて、入り口への案内に「入場料 大人一人300円」の他に「障害者は、半額」の文字を見つけた私は、手帳を取りに一旦車に戻った。 これが後々、体調悪化の遠因となった。
ここからが、問題であった。 と言うのは、駐車場が美術館の建物の裏側にあるのだ。 つまり、入り口は建物の長辺に沿って100m以上、歩かなければならない。 そこで、私は烏賊博士のリュックに掴まらせてもらいながら、杖を頼りに進んだ。
所が、先程、車まで往復した疲労感があり、脚に力が入らない。 そのため、「おっとっと」と転びそうになるのであるが、私の崩れ方に慣れた彼が、私を引き上げる様に支えてくれる。
そんな事があって漸く美術館の入り口に着き、二重の自動ドアを潜(くぐ)った。 するとロビーの様な広間がある。 彼は佇(たたず)んで、入場券売り場を探した。 その瞬間、またしても「おっとっと」となってしまった。 勿論、彼が力を入れてくれ、転ばずに済んだ。 そんな私達の様子を見ていた女性が、
「車椅子を、お使いになりますか?」
と訊いてくれた。 声のする方を見ると、カウンターに囲まれた一坪程のスペースに、女性が二人いて、その内の一人が将にカウンターを離れる所だった。 どうもそこが、受付らしい。
私は車椅子に乗り、烏賊博士の介助を得て進み、もう一人の女性に身障者手帳を提示した。 すると今度は、彼女は彼の年齢を尋ねた。
「〇〇歳以上でしょうか?」
と。 彼が肯首すると、彼女は。
「140円になります」
と言いながら、チケットを二枚出した。 どうも、こう言う事らしい。 入場料は本来、二人で600円。 これが身障者割引で本人と介護者一人が半額の300円、更にシニア割引で半額の150円。 折半し易い様に、140円の様だ。
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私達は館内に進み、芸術品を堪能した。 特に彼が各作品の真正面に車椅子を着けてくれたので、私は作品を観賞出来た。
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さて、一通り観賞したので、私達は車椅子を返却すべく、元の受付に戻った。 しかし、駐車場までの帰路も、私にとっては試練である。 仮に車椅子で帰ると、その返却のために、彼が駐車場と入り口との間を一往復しなければならない。 さて、ヨレヨレの私を支えながら帰るのと、彼にとってどちらの方が負担がすくないのだろう? ・・等と考えあぐねて私が車椅子から降りないでいると、受付女性の一人が、
「どうぞ車椅子は、そのまま駐車場までお使い下さい。 置いといて頂ければ、(私が)後で取りにまいります」
と言ってくれたので、甘える事とした。
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こうして、皆の優しさのお陰で、美術館を後にし、途中、烏賊博士を駅に落として、無事に帰宅した。 暫くして展示物が変わった頃、また行って見たいものである。 勿論、彼もそう思ってくれているだろう。