孤独死
未だ、夜中だった。 消防車がサイレンを鳴らしながら、我が家の前の街道を通り、近所で止まった。 急にサイレンで起されて回らない頭で、
「(もし本当に火事なら、起きて火元との距離を知り、風の方向や速度を知り、延焼の可能性がゼロでないなら、たとえ着の身着のままでも・・)」
とか
「(火事なら、外やカーテンが明るくなるだろうに、それも全く見られない・・)」
と思い薄目を開けてみたり
「(ん? 火事にしては、静かだなぁ・・ 燃える音もしないしぃ、放水の音も人の声もしない・・)」
とか、思っている間に再び寝てしまった。
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その朝、近所の人が沙汰に来た。 二軒隣のNさんが亡くなった・・と言う事であった。 Nさんと言えば、自治会の同じ班であり、確か自宅は、古い母屋から同じ敷地内に平屋の家を新築して独りで住んでいたハズである、
早速、妻が近所の人と口火を切りに行き、色々と情報を仕入れて来た。 それによると・・
- 朝4時頃、新聞配達員が、Nさん宅に1週間分以上の新聞が手付かずでそのままになっているのを知った」。
- 新聞配達員は異常を感じたので110番通報をしたら、パトカー等の緊急車両が集まって来て、結構大変だった。
- 警察官が調べると、全て内側から施錠してあった。 そこで止む無く、窓ガラスを割って中に入った。
- 警察官が、室内で倒れて死んでいるNさんを発見した。
と言う事らしい。 私は。朝、起きたら夜中の事はすっかり忘れていたが、沙汰を聞いて少しずつ夜中の事を思い出して行った。 そもそもあのサイレンは、夜中でなく朝の4時過ぎだったのだ。
近所の人の話しでは、一週間程前に回覧板を持って来たNさんの顔色が余りにも悪く、 声を掛けられなかったそうである。 つまり、こう言う事らしい。
体調を崩していたNさんは、自宅で転倒して机の角に額をぶつけ、気を失ってそのまま絶命してしまった様だ。 額の傷がどれ程の物かは、Nさんの顔に白い布が掛かっていたのであるが、敢えて見なかったそうである。
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何でも、Nさんは未だ72歳。 若い頃結婚したらしいが、子供が出来なかったため、親が別れさせたそうである。 妻曰く
「そん時(Nさんは)奥さんに着いて行けば良かったんだよ・・ どうせ親は先に死んじゃうんだから」
と。 しかし、そんな単純なものではないだろう。 と言うのは・・
三人兄弟の長男として産まれ、弟は結婚して大阪に家庭を持ち、妹は市内に嫁いで家族を持っている。 きっと、家や親の財産は長男が継ぐべき・・と言う封建的な親の考えから推したら、直系男子のいない長男夫婦は―――もっと言えば、子を、出来れば男子を産めない嫁は―――きっと「一人前」ではなかったのだろう。
そんな時代錯誤の様な事を言っているから、長男(=Nさん)を孤独死に追い遣る結果になってしまうのだ。 Nさん夫妻は決して仲が悪い訳ではなかった・・と聞くと、一層涙してしまうのである。