送別会
退職も近い5月の下旬、社長が送別会をやってくれる・・と言うので、有難く受ける事とした。 しかも、妻も一緒に・・と言う配慮である。
そこで、会社から車で10分程の日本料理店に行った。 駐車場に車を停め、エレベーターで目的階に着くと、正面の受付カウンターに和装の女性が見えた。
「5時半に予約をした、○○ですが・・」
と、社長の名を告げると、まだ来ていない様だ。
「こちらで待たせてもらいます」
と言い、脇のソファで新聞を広げた。 すると程なく社長夫妻が現れ、6帖程の畳部屋に案内された。
上座の奥は雪見障子になっていて、その下には厚い一枚板があった。 板は一段高く、その上には生花が水色の涼しげな花瓶に挿してある。 中央には掘り炬燵があり、テーブルにはIHコンロが2機あり、その上に鉄鍋が乗っている。 鍋は中央が高くなった、そう、しゃぶしゃぶ用の鍋である!
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着席し、和装の仲居さんがドリンクのオーダーを取りに来た。 飲み物が届くまでに「御肴代」の熨斗袋を出したが、社長に固辞されてしまった。
先ずは乾杯! そして簡単な口上を述べていると、突き出しや前菜が運ばれて来た。 どれも品の良い味である。 そして、ゴマダレとポンス、それに薬味が並んだ。 いよいよ・・である。
鮮やかな赤い牛肉は、見事なまでにサシが霜状に入っている。 厚さは1mm程の霜降り肉だ。 仲居さんが、鹿児島産だと説明してくれた。
そして彼女は、布巾を手に持ち、鍋の中央の高くなった部分を持ち、蓋を取った。
なんの事はない、鉄の平底鍋である。 中央が高いのは、鍋の形状をしゃぶしゃぶ用のものに似せてあるだけだった。
そして彼女は、小さな金網で鍋の中の柚子小片を取り出し、掌サイズの肉を菜箸で沸騰する湯の中で2~3度潜らせ、
「これ位で、如何ですか?」
と訊き、OKサインを出すと、
「ゴマダレの方で宜しいでしょうか?」
と更に訊き、ゴマダレの器に入れた。 はやる心を抑えて、口に運んだ。 トップに来るゴマの香りが抜ける頃、肉の旨味が口中に広がった。
「うん、旨いっ!!!」
と思わず出てしまった。 と思ったら、牛肉は2~3度噛んだだけで、喉の奥へと融けて行った。
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その後、野菜、16穀米・漬物、きし麺・餠を鍋で調理し、メインディッシュを終えた。
そして、果物とアイスクリームを別腹で平らげ、コースを終えた。 良い一日、良い三年間、良い社長、良い会社であった。