救急搬送―1
11月中旬の某日、私は救急車に乗り、総合病院へと搬送された。 以下は、その顛末である。
夜、11時半頃、私は就寝しようと布団に入った。 所が、心窩部(みぞおちの辺り)に痛みがある。 しかもその痛みは、段々と強くなって行った。
「(その内、収まるだろう・・)」
と思ったが、10分、20分・・と我慢していると、脂汗がシャツがしとっぽくなって来た。 その間原因について、色々考えた。 アニサキス? この所刺身を食べていないしなぁ・・ 母親も、噴門部の胃癌で10年前に手術をしたしなぁ・・ 等と、悪い事しか頭に浮かんでこない。
何か、良くなる方法は無いものかと、色々考えた。 一応、トイレに行ったが、便は普通だし・・ それに、こんな強い痛みが、胃薬(苦味健胃薬)で治るハズは無いし・・
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余りの痛みが続くので、遂に隣に寝ている妻を起こした。 こんな時に限って(限らず?)良く寝入っている。 それでも、漸く目を覚ました。
「お腹が痛いんだけど、病院ってやってないよねぇ?」
「この時間じゃ、やってる所はないでしょ。 救急車、呼ぶしか無いんじゃない?」
と言うので、お願いする事にした。 妻が携帯電話で呼ぼうとしたので、家電(いえでん)で呼ぶ様に伝えた。 後者なら最寄りのセンターに直接繋がるからだ。
妻はセンターの隊員に「名前、年齢、性別、病状、意識、住所、階数」等を答えていた。 やがて、遠くから「ピーポー、ピーポー」と言う音が聞こえて来て、それが段々と大きくなってきた。 予め起こしておいた長女に、救急車の案内を頼み、妻は健康保険証やお薬手帳などを準備していた。
やがて家の前に停まったらしく、部屋のカーテンが赤く点滅し始めた。 そして男性隊員が3人、家に入って来た。 うち2人が大きなツールボックスを持っていて、色々なツールを出して来た。 きっと救急救命キットなのだろう。 残りの1人は、妻に様子(経緯)を訊いたり、用紙に記入させたり、病院と連絡を取っていた。
さて隊員は痛みの場所や程度、発症時刻の聴取(兼意識レベルのチェック)の他、基本的なバイタルもチェックした。 後者は、呼び掛けに対する反応、瞳孔反射、体温、血圧等である。 ただ、血圧測定後、
「普段、血圧はどれ位ありますか?」
と隊員が訊いたので、
「150の100位です」
と答えると、聴取の隊員に
「170の120」
と大きな声で、伝えた。 その他については、「瞳孔プラス3、体温36.7、脈拍XX、SPO2 97%」と伝えていた。 (XXは忘れてしまった・・と言う意味である。)
きっと血圧が高く表示されたので、もし普段から低ければ再測定をするために訊いたのだろう。