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パーキンソン病/症候群の闘病記です。 同病の方々のご参考になれば幸いです。

idやURLのPSPとはパーキンソン症候群の中の進行性核上性麻痺、PAGFとはPSPの非典型例である純粋無動症の事です。

高麗神社の例大祭―4

高麗神社の例大祭での獅子舞も、佳境に入った。

 

先ず4人のささらっ子が獅子を越えて、向こう側で再び並んだ。 そして今度は中央で正方形の頂点に位置した。 何をするためかと言うと、かくれんぼだろうか? 4人の中央で赤い獅子のみが太鼓を叩いている。 緑と青の獅子は、4人の外側で舞っている。

 

 http://f.st-hatena.com/images/fotolife/P/PSP-PAGF/20151020/20151020143229.jpg

 

なぜ「かくれんぼ」を想起したかと言うと、そこには坂口安吾の影響がある。 と言うのは、安吾は著書「高麗神社の祭の笛」で、こう述べている。 (注:著作権は時効)

 

 『ヒヤロ、ヒヤヒヤロ、というようなのは、いかにも笛の音のようだが、それはよそのお祭りの笛の音で、このお祭りの笛はそんな陽気な笛の音ではない。

 「もういいかアーい」

 「まアだだよーオ」

  というのに似たような単調な繰返しがあるだけで、いくら舞いの段が変っても笛の音の方に変化はない。 ・・ (中略) ・・ 段によっては、笛の譜の代りに日本語の唄になってるのもある。』

 

しかし私が聴いた限りでは、その様には聞こえなかった。 勿論、感性の違いであろう。

 

更に安吾は、次の様にも述べている。

 

 『牝獅子隠しの段で、獅子がササラッ子のマン中へ隠れ、牡獅子が探しまわるときに、音譜は

 「ヒ、ヒヤ、ドコニイタイタ。

  ヒヒヤ、ドコニウ、ヒヤヒヤ」

  と綴られており、「ドコニイタイタ」は「どこに行ったか行ったか」であろう。「ヒヒヤ」は「獅子や」であろうというのが一部の人々の臆測であるが、一応そう見ることも不自然ではないようだ。すると、「ドコニウ、ヒヤヒヤ」は「どこにも居ない居ない」らしく、すると冒頭の「ヒ、ヒヤ」は「アア、居ない」というような日本語に訳すべきかね。 ・・ (中略) ・・ 

 「アア、居ない、どこに行ったか行ったか。

  獅子は、どこにも、居ない、居ない」

  と、ほぼ音を辿って日本語にこじつけても不適当ではないばかりか、その内容に非常によく当てはまりもするのである。』

 

この件(くだり)は、予め「高麗神社の・・」を読んで知っていた。 それでも尚、私にはその様には聞こえない。 まぁ、相手は偉大なる文学者、別に劣等感を持つ必要はない。

 

   ―――――――――――――――――――――

 

しかし、64年前(昭和26年、1951年)に、あの坂口安吾がこの同じ地で、同じ獅子舞を見、同じ笛の音を聴いていた・・ もうそれだけで、感激ものである。 安吾の足跡を訪ね、古代ロマンに触れた、佳い半日であった。

 

来年は、この高麗郡設置から丁度1300年になるので、色々な記念行事が予定されている。 旧知もそれを楽しみにしているらしく、来年もまた行く事を約束して別れた。

 

蛇足:午後一時から2時間も太鼓を叩き続け、舞い続ける事が、どれ程大変な事か! きっと、被り物の下は汗だくだろう。 そのため、大団扇を持った3人が獅子のそれぞれを、扇いでいた。