パーキンソン病/症候群の闘病記です。 同病の方々のご参考になれば幸いです。

idやURLのPSPとはパーキンソン症候群の中の進行性核上性麻痺、PAGFとはPSPの非典型例である純粋無動症の事です。

リハビリ333―出来ない・・  

2016年9月上旬、今月最初のリハビリのある日だ。 そこで妻の運転で総合病院に出掛けた。 妻が私をリハビリテーション室最寄りの入り口に落として駐車後、総合受付の後ろにある受付機で受診案内票をプリントしている間、私は独りでリハビリテーション室に行って、妻の到着を待っている。 妻が持って来る案内票がないと、予診が受けられないからだ。

 

10分程して、妻が案内票を持参したので、リハビリテーション室内のカーテンで仕切られた小部屋にて、M医師の予診を受けた。 その後。待合室の椅子に腰掛けて待っていると、担当のI(理学療法)士が定刻5分遅れで声を掛けて来た。 いよいよ本日の施術の開始である。

 

先ずは空いている台を探し、I士は台と枕とを消毒用の濡れナプキンで清拭した。 続いて、台に上がり、I士はうつ伏せの私の腕(上半身)と脚(下半身)のストレッチやマッサージを行った。 

 

更に私は四つん這いになり、腕や脚を上げる練習をした。 そして、いよいよ本日の新技である。

 

彼は、右手と右脚、或いは左手と左脚とを同時に上げてみよ・・と言いながら、デモッて見せた。 因みに右手と左脚、或いは左手と右脚ではない。 同じ側である。 しかし、四つん這いで、同じ側を上げるには、手脚で一旦床を押し、その反発力であげるしかない。

しかもそれらを交互に、リズミカルに・・

 

やって見たが、難しい。 そもそも、同じ側の手脚が同時に上がらない!?! 出来ない・・

 

その訓練が私には難しい・・とI士が感じたのか、次は対角で上げてみよ・・と言い、彼は見本を見せた。 うん、これなら分かる。 つまり、四つん這いのまま、右手・左脚、続いて左手・右脚を上下するのである。

 

うん、これなら出来る。 彼の指示の元、私はリズミカルに行った。 最初の内は・・

 

段々、脚が疲れて来た。 疲れて来ると、遅れが出て来る。 脚が遅れると、手の上下と同期しなくなる。 そして、半サイクルずれると最初にやった同側の上下と同じになる。 つまり、一層困難になる。 彼はそんな私を見て、

 

   「段々、ずれて来てしまいますねぇ・・」

 

と、明るく言った。 私には難しい・・と見たのか、彼は予備動作に移った。

 

さて、私の横に座ったI士は、四つん這いの私の尻を左右に揺らし始めた。 つまり、上半身と下半身とが上手く同期しないなら、先ずは基本となる下半身の練習のみを行おう・・と考えたのだろう。 事実、これだけなら割と簡単だ。 片脚のみを上下すれば良いからだ。

 

そこで私は、脚の動きに合わせて、手も付けて(上下させて)みた。 すると、何となく分かって来た様な気がした。

 

そして、一連の訓練が宿題となった。

 

では、これらの練習を何の役に立てたいのかと言うと、それは「切り返し」だと言う。 例えば歩行中にバランスを崩した時に、姿勢を回復させる(立ち直る)ためらしい。

 

母の相続―2  

9月上旬、家庭裁判所から郵便が届いた。 中身は、「調停期日通知書」である。 要は、過日電話で家庭裁判所の書記官と調整した調停の期日を書面にしたものだ。 申し立てから、ほぼ10日である。

 

それによると、初回は10月中旬の某日である。 結構、遅い・・ まぁ、手続きが遅くなって困るのは、相手方の方だ。

 

そこには、調停に際して必要な事が、事細かに記してある。 更には、「注意」の紙も入っていた。 そこには「裁判所の手続きでは、個人番号(マイナンバー)は必要ありません」と書いてあり、具体的な例示があった。 それは、下記の2点であり、

 

 ① 裁判所への提出書類に、個人番号(マイナンバー)を記載しないでください。

 ② 提出書類に個人番号(マイナンバー)が含まれている場合は、個人番号(マイナンバー)の部分を塗りつぶしたコピーを提出するなどしてください。

 

と言う事であった。 成る程、時代である。 まぁ、マイナンバーの用途は法律で決められているので、合理的で納得行く対応(=注意喚起)である。

 

   ―――――――――――――――――

 

そして、私が最も知りたかった事は、ピンク色の付箋に書いてあった。 それは、車椅子の借用である。 

 

先月下旬に申し立てを行った際、車椅子の借用を申し添えておいたのだった。 それに対し、初回期日の打合せの電話で、

 

「裁判所に着いたら電話を下さい。 えっと、電話番号は・・ あ、期日通知書に書いておきます」

 

と告げられたからだ。 付箋には、担当書記官の係に電話する様、記載があった。

 

   ―――――――――――――――――

 

それともう一点、「申立書」に添えておいた「介助人同席許可申請書」に対する回答も、受電時にあった。 それは、

 

   「裁判官に相談した所、問題ないだろう・・と言う事でした」

 

と言うものである。 勿論、介助人として妻を指定しておいた。

 

リハビリ332―納得

さて8月も最後のリハビリの日となった。 先週はT嬢だったので、実は担当のI士とは2週間ぶりだ。 では早速、本日の新技を披露しよう。

 

先ずは、台の上での動作の切り替えの練習である。

 

I士は私に四つん這いになる様指示し、更に右手と左脚を夫々前後の水平に伸ばす様指示した。

 

   「では、お腹の下で右手と左脚の膝をタッチしてみて下さい」

 

と言いながら、自らが手本を見せた。 私がやってみると、もっと強く膝を叩く事と、叩いたら大きな動作で素早く手足を元に伸ばせ・・と言う。 そして、何度か繰り返し、左右を替えた。

 

そして今度は、リズムを付ける・・と言う。 つまり、1:お腹の下で膝を対角の手で叩く、2:その叩いた手と叩かれた脚を前後に伸ばす、3:伸ばした手脚を元に戻して四つん這いになる、以上の1,2,3を反対の手脚で繰り返す・・と言う6拍子である。

 

考えながらやらないと、結構難しい・・ というのも、スタートが既に手脚を伸ばす所から始まるからである。 そこで1拍ずつずらしてみた。 上記の1を2にする、即ち、四つん這いの状態から始め、カウント2で叩くと、自然だった。 

 

次に、台に腰掛けて立ち上がる練習である。

 

I士は丸椅子に腰掛け、私の両手を軽く持ち、バランス能力をチェックした。 具体的には立位での片足立ちである。 すると、左右差は殆んどないと思っていたが、彼は右足立ちの方が上手いと言う。 きっと「利き足」だからだろう・・と言う結論になった。

 

そして私を台に腰掛けさせ、私の両手を自分の方に引きながら私に立ち上がる様、指示した。 その昔、Y士が教えてくれた方法である。 しかし、違う所もある。 上半身を低く保つのは同じだが、I士はその時、顔を上げて、背筋を反らせ・・と言う。 ナルホド、納得である。

 

最後に、同じく台に腰掛けてのストレッチである。

 

台に深く腰掛けて、上半身を台の上に仰向けになったI士を見ながら、私も同じ格好をした。 続いてかれは右足を持ち上げ、膝の後ろで両手を組んだ。 同じ格好になった私に、

 

   「そのまま、膝を胸の方に寄せてぇ、そうそう・・ そのままの状態で、膝をのばしてぇ・・」

 

と指示した。 要は臀部とハムストリングスのストレッチである。 私の場合、この辺を柔軟に保ち、最初の新技により動作の切り替えを習得し、脊柱の柔軟性が保持出来れば、良いらしい。

 

以上で本日のリハビリを終えようとしたら、私が壁時計を見る所をI士が見たらしい。 急に、例のミニ階段をやる・・と言い出した。 そう、3分間あれば、結構出来るのだ。

 

こうして、本日のリハビリは本当にお開きとなった。

 

そして帰り際、妻が珍しく私を褒めた。

 

   「ねぇ、今日車椅子で来て、ご主人が押してた女性・・ 憶えてる? あの奥さん、(改装)前のリハビリ室だった時は、自分で歩いて(リハビリに)来てたのよぉ・・ それから比べると(今も自力歩行で来られる)貴方って、頑張ってるのね!」

 

そう言えば、確かに・・ ヨレヨレ・ヨタヨタであっても、杖に頼って歩ている。 まぁ、褒められて悪い気はしなかった。

 

母の相続―1  

母が他界し、遺言書を弟に預けたらしい。 家庭裁判所から検認の通知が来ていたので、家庭裁判所まで行って来た。 と言っても、妻の運転で、現地では車椅子を押して貰って・・

 

定刻、書記官と書記係(いずれも、女性)が現れ、私達や他の相続人に声を掛けた。 そして、部屋に案内をした。 10畳位の小部屋で、中央に楕円形のテーブルや若干の椅子と黒板があるだけの、殺風景な部屋だ。

 

書記官は、これから〇〇〇子(母)の遺言書(いごんしょ)の検認を行う旨を宣言し、故人(=被相続人)と同居していた弟から遺言書を、

 

   「これは、(被相続人である)ご本人から、ずーっと預かっていたものですか?」

 

と言いながら受け取り、封がなされていることを皆に明示し、書記係から鋏を受け取って手続きを開始(=開封)した。 中には、3通と附属書類(印鑑証明等)が入っていた。 オイオイ、養子2名を加えると、相続人は5名だろう。 と言う事は、2名分足りない!?! そう言えば、その2名が欠席している・・ つまり、少なくとも欠席した2名は、内容を知っていた???

 

まぁ、それは別として、検認は事務的に進んだ。 そして、遺言書が私にも回覧されて来た。

 

   「(ん? 私の分だけ、薄いぞぅーーー!)」

 

と思って見ると、そこには極々一部の相続分しか無く、弟の分には「弟を遺言執行者に指定する」旨が書いてあった。 内容的にはプロ(弁護士)が絡んでいる事は、明々白々であり、その内容では到底受け入れられない。

 

ま、以上で検認そのものは終了した。 私がコピーか謄本のコピーが欲しい旨を書記官に申し出ると、

 

   「今からページ数を数えて謄本を作成するので、後日になる」

 

と言われてしまった。 すると、弟が後で、コピーを郵送してくれる・・と言う。

 

   ―――――――――――――――――

 

こうして検認は15分程で終わったので、直ぐ私は調停を申し立てた。 中身は3点。

 

   ① 父の相続で、私が受け取る分を返却せよ。

   ② 母の相続で、税法に基づいた遺留分を減殺せよ。

   ③ 上記①・②を2017年〇月○日までに完了せよ。

 

と言うものだ。 ①は、数年前に他界し、遺産分割協議書に押印した結果が未だに実行されていない。 ②は、税法に基づき遺留分をよこせと言う主張、③は、相続税の納付期限までに実行せよ・・と言う主張である。

 

ま、遺言の内容と結果は見えていたので、予め調停申立書は作成しておいた。

 

尚、民法では相続人が5人であるが、税法では4人(分)となる。 当然、後者の方が遺留分が多い。

 

そこで、売店で収入印紙と郵便切手を購入し、担当官に副本と共に渡した。 そして、審判でなく調停にした。 と言うのは、②だけなら審判が可能であるが、①もあるので調停にならざるを得なかったのである。 所謂、「家庭内紛争の調停」である。

 

まぁ、お金の問題もあるが、プライドの問題が大きい。

 

診察201608―3  

さて、そろそろ血液検査の結果が出る頃かと思い、F医師に照会したら、何かをプリントアウトしてくれた。 見ると、肝臓の検査のみ「検査中」となっており、血液像(血球像等)や血糖値(HbA1c)の検査は終わっていた。

 

そして、こう付け加えた。

 

   「お帰りまでには、全部出来ていると思いますよ」

 

続いて私は次の様に質問した。

 

   「あのぉ・・ 心電図を調べた理由は、何なのでしょうか?」

 

すると、F医師は心電図をモニターに表示し、

 

   「うん! 徐脈も心房細動もないですね!」

 

と答えた。 私は検査の理由を訊いたのだが、「心電図」と言うキーワードしか届かなかった様だ。 まぁ、正常であれば、それ以上突っ込む話しでもない。

 

そして次回を10月上旬に決め、こうして8月の診察が終わった。

 

   ―――――――――――――――――

 

今回は、F医師はメモを良く読んでくれた。 その結果、書いてある事を口頭でも質問する事は無かった。

 

後は、腕と膝の関節の動きを触診し、左右差を調べた。 そして、

 

   「普段、杖はどちらの手を使いますか?」

 

と訊いた。 私が右である旨を答えると、納得した様だった。 きっと、腕には左右差があったのだろう。

 

   ―――――――――――――――――

 

こうして、処方箋ができるのを待っているとやがて名前が呼ばれ、渡されたA4の紙を見ると確かに、肝臓関係の検査値がプリントされている。 問題は、その値と基準値と照らした時の判定である。 

 

恐る恐る目を下に遣ると・・

 

   「HもLも・・無い!」

 

つまり、全クリなのである!!! この年齢で、しかも予告なしの検査で・・である!!!!!

 

つい、

 

   「嗚呼、これでPSPでなかったら・・]

 

と、つい思ってしまうのである。

 

尚、気になる処方であるが、プラミペキソールはそのままの2錠/日で、ドプスが6錠/日に増えていた。

 

診察201608―2  

さて、いよいよ本日の本題である。 メモには、次の様に書いておいた。

 

(2) 処方について  (処方量は、1日当たり)

⑤ 処方を次の様に希望します。

薬  剤

現在

希望

マドパー配合錠 100mg

2  錠 

2  錠 

プラミペキソール0.125mg

2  錠

0  錠

ドプス 100mg

4.5 錠 

6  錠 

シンメトレル 50mg

4  錠 

4  錠 

⑥ 希望の理由1(ドプスの増量)

  ・ すくみ足が酷くなったため。

  ・ 過去、ドプスは6錠/日で処方されていた。(平成25年5月○日~平成27年11月○日) 高血圧の原因がドプスにあるか否か、平成27年1月○日以降3錠に減量。 6錠に戻す途中だった。

  ・ ドプスの標準維持量は1日600mg、1日3回分割投与。(添付文書より) 

⑦ 希望の理由2(プラミペキソールの減量)

  ・ プラミペキソールの薬理(D2レセプターへのアゴニスト)は、進行性核上性麻痺とは無関係?

  ・ 平成26年12月○日よりプラミペキソールの副作用を避けるため、0.5mg×3錠/日から0.125mg×3錠へ、更に平成27年5月○日より0.125mg×2錠に減量し、最終的に0錠にする途中だった。

 

さて、患者の希望はどこまで叶えられるのか? 

 

最後に、高血圧について、報告と質問を記した。

 

 (3) 高血圧について 

⑧ 前回の処方で、アムロジピン(5mg、1錠/日)は奏功した。 例えば、収縮期で概ね120~140mmHg、拡張期で85~95mmHgになった。

⑨ 高血圧の原因は、以下のいずれと推定できるでしょうか?

  ・ 進行性核上性麻痺に関連している。

    → 進行性核上性麻痺の症状である。

    → 進行性核上性麻痺の治療薬の副作用である。

  ・ 進行性核上性麻痺とは無関係である。

    → 例:本態性高血圧。

 

これに対し、F医師が、

 

   「どうですか、アムロジピンは引き続き必要でしょうか?」

 

と訊いたので、妻が慌ててバッグから「家庭血圧日記」を出し、該当ページを開いてF医師に渡した。 F医師は、それを一瞥した。 私は

 

   「お願いします」

 

と答えた。 尚、⑨の質問には答えなかった。

 

診察201608―1  

リハビリを終えて、脳神経内科の待合室に行き、そこの長椅子に座り直すと、順番が現在診療中の患者を入れて3人目・・と表示されていた。 事実、15分程で呼ばれた。 

 

扉を軽くノックして診察室に入り、軽い挨拶後、患者用の椅子に腰掛けた。 と、ほぼ同時に、妻が恒例の(?) メモを出した。 そこには、次の様に書いておいた。

 

(1) 前回受診(2016年7月○日)以降のイベントや体調について 

① 全体的に、歩行障害が進んだ印象がある。 特に、足がすくんでしまい、第一歩が出難い。

② 7月末~8月中旬、ポケモンGOで遊ぶためにポケステーションを自転車で廻った。 夕方、1時間~1時間半で、近所の神社や公園、駅前等を廻ったら、1時間≒1500歩に相当した。

③ 8月○日、市内東1丁目の知人のキッチンにてランチをした。(一人で運転し、杖を使って単独行)

④ 8月○日、高尾の「うかい鳥山」にて義妹達の誘いでランチに参加した。 義妹が気を利かせて車椅子の借用を照会したら、店側が配慮し終始移動をサポートした。 結果、当日は1000歩弱に留まった。

 

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これを読み、F医師は少し笑いながら」、

 

   「へぇー、ポケモンGOを、ねぇ・・」

 

と感心し、うかい鳥山の写真を見て、

 

   「へぇー、綺麗な所ですね!」

 

と、評価の言葉を口にした。